顔面神経麻痺
顔面神経麻痺
顔面神経は顔を動かす筋肉などに関係する神経であり、顔面神経が麻痺すると顔を半分動かすことができなくなります。顔面神経麻痺は症状や治療が複雑であるため、まずは専門医の診察を受けることをお勧めします。
さまざまな原因で起こりますが、特に多いのが①ウイルス性、②腫瘍切除後、③外傷後です。
顔面神経麻痺の原因として圧倒的に多いものです。主に単純ヘルペスウイルス(HSV)、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)によるもので、それぞれBell麻痺(ベル麻痺)、Ramsay Hunt症候群(ラムゼイハント症候群)と呼ばれ、突然発症します。例えば、朝起きたら顔の半分が動かなくなっていたというのが典型的な発症パターンです。ウイルス性の顔面神経麻痺の8~9割の方は麻痺になる前の状態まで軽快しますが、残りの1~2割の方は後遺症として痺が残ります(単純ヘルペスウイルスより水痘・帯状疱疹ウイルスの方が後遺症を残す可能性が高くなります)。
悪性腫瘍の切除などで顔面神経を切除せざるを得ないとき、手術後に顔面神経麻痺を発症します。特に耳下腺腫瘍や聴神経腫瘍の手術では顔面神経を切除するリスクを伴います。
顔面の外傷や側頭骨の骨折で顔面神経が直接的に障害されることにより生じます。
先天性(第一第二鰓弓症候群、メビウス症候群など)や自己免疫疾患でも起こりますが、頻度は多くありません。
顔面神経麻痺は、顔の筋肉が全く動かない完全麻痺と、動きはあるものの正常より動きが弱い不全麻痺に分けられます。以下のような症状が出現しますが、完全麻痺、不全麻痺のどちらも症状には個人差が大きいため、よく相談しながら治療方針を決めていくことになります。
急性期(発症してすぐ)のウイルス性の顔面神経麻痺(ベル麻痺、Ramsay Hunt症候群)の治療は耳鼻咽喉科で行われます。抗ウイルス薬やステロイドなどを用いた治療が必要になるため、早めにお近くの耳鼻咽喉科を受診してください。
当院では外傷や腫瘍切除後の顔面神経麻痺、およびウイルス性の後遺症として症状が残った陳旧性顔面神経麻痺の治療を行っております。顔面神経麻痺の治療は、安静時の表情の左右差を改善する「静的再建」と、表情や閉瞼などの動く機能を取り戻す「動的再建」に分けられます。
前頭筋という眉毛を挙げる筋肉が麻痺するため、反対側(麻痺していない側)より眉毛の位置が下がります。こうした症状に対して、眉毛の上の皮膚を切除し、眉毛を挙上させた状態で前額にある骨膜に固定する眉毛挙上術が行われます。この手術の効果は高いものの、眉毛を動かすことができるようになるわけではありませんので、眉毛を挙上したときや目を閉じたときの左右差は残ります。
眉毛挙上術は、眉毛の上にキズ痕(手術瘢痕)が残るため、小児や若年者は切開を行わず、糸を用いた眉毛の吊り上げ術を行います(キズ痕が残りません)。糸による吊り上げ術はキズ痕が残らない利点がありますが、眉毛挙上術より長期的な効果は劣ります。
眉毛が下がることに加え、上まぶたの皮膚も下垂することにより視野が狭くなります。しかし、通常の眼瞼下垂と異なり、顔面神経麻痺の方は目を閉じる機能も低下しています。結果として、視野は狭いけど、目も閉じにくいという相反するような症状が出現します。
そのため、通常の眼瞼下垂のような目を開く手術を行うと、目を閉じにくい症状が悪化します。そのため、目を閉じる機能を考慮しながら、上まぶたや眉毛下の皮膚を切除して、目を開きやすくします。顔面神経麻痺の伴う眼瞼下垂の手術はこの微調整が難しいため、不適切な治療を受けると症状が悪化します。そのため、必ず専門医の治療を受けるようにしてください。
眼輪筋という目を閉じる筋肉が麻痺するため、目が閉じにくくなります。ときに下まぶたが外反し、眼瞼結膜(いわゆる赤目)が見える状態になります。下まぶたが外反すると、涙を貯めることができないだけではなく、見た目の問題にも関わるため、常に眼帯をして生活をしている方もいるくらい生活の質に大きく関わります。
軽度の症状であれば点眼薬を使いながら経過観察することになります。しかし、症状が重度になると、眼球が乾燥し、ときに眼球に傷がついたり、潰瘍ができたりします。そのような症状が出現する可能性があるときは手術を行います。
手術は、Kuhnt-Szymanowski法という下眼瞼の一部を切除する方法が用いられます。水平方向に緩んだ下まぶたを引き締め、持ち上げるイメージです。手術効果は高く、手術瘢痕もほとんど目立ちません。症状が重度の方は、耳の後ろを切開して耳の軟骨を移植することもあります。
他に、側頭筋移行術という自分の意思で目を閉じることができるようにする手術もあります。上下の眼瞼に側頭筋筋膜を移行し、内眼角(目の内側)に固定します。側頭筋は三叉神経という神経が支配しており、顔面神経麻痺の方も正常に機能しています。そのため、この手術を受けると奥歯を噛んだとき(側頭筋を収縮させたとき)に目を閉じることができるようになります。最初は訓練が必要ですが、ある程度自然な閉瞼ができるようになります。
過去にはゴールドプレートというおもりを上まぶたに挿入する手術が行われていたこともありましたが、合併症が多く、現在ではあまり用いられていません。
顔面神経麻痺では、表情筋の緊張がなくなるため、麻痺した側の頬部が下垂します。鼻唇溝(ほうれい線)が浅くなり、口角が下がることにより口角から水がこぼれることもあります。
この場合は大腿から筋膜を採取し、頬部に移植して下垂した頬を吊り上げます。さらに顔全体のバランスを取るために、フェイスリフトやヒアルロン酸、脂肪注入を行うこともあります。しかし、麻痺している側の表情筋は動きませんので、表情を作ったとき(特に笑ったとき)の左右差は目立ちます。そのため、顔面神経麻痺の患者さんは人前で笑顔を作らないようになる方もいます。
このような表情の左右差を改善するには、神経血管柄付き遊離筋移植術という手術で表情筋の機能を再建することが必要です。具体的には広背筋や薄筋などの移植手術を行うことになりますが、入院を要する治療のため適切な医療機関に紹介します。
顔のある部分を動かすと、自分が意図しない他の部分が動くことを病的共同運動といい、不快感が強い症状です。麻痺側の口をすぼめたり、笑ったりすると目が閉じてしまうというのが代表的です。これらは、損傷をうけた顔面神経が再生する際に、損傷前とは異なる向きに神経が再生してしまったために起こるもので、自然に軽快することはありません。
そのため、病的な動きをしている筋肉を部分的に切除したり、筋肉を部分的に動かなくさせるボトックスという注射を行います。
外傷によって顔面神経が切断されたときは、顕微鏡下で切断された神経を縫合することにより回復が期待できます。神経を直接縫合することができないときは、他の部位からの神経移植(多くは下腿にある腓腹神経という感覚神経を用います)や、人工神経を用いて再建します。神経を採取した部位は知覚低下(感覚が鈍くなること)を生じますが、日常生活には支障ありません。
顔面神経を再建したとしてもすぐに表情筋の動きが始まるわけではありません。神経を縫合したところから少しずつ神経が再生しますので、表情筋が動くようになるまで手術後半年~1年程度かかります。
こうした神経の再建手術は時間が経つほど難しくなり、治療成績は悪くなります。当院の経験では、受傷後1週間以内は治療を行いやすいので、外傷を受傷後に顔が動かなくなったときはすぐに医療機関を受診してください。
腫瘍が顔面神経に浸潤している場合などでは、腫瘍切除時に顔面神経も切除されます。切除と同時に神経を再建することが理想ですが、顔面神経の根本から切除されている場合など、必ずしも同時に再建できません。このときは、残念ながら自然回復は期待できませんので、舌下神経という舌を動かす神経や反対側(健側)の顔面神経など他の運動神経を一部犠牲にして顔面神経を再建します。
ただし、腫瘍切除後1年以上が経過すると表情筋が萎縮してしまい、こうした治療を行っても効果はありません。その際は、上記の陳旧性顔面神経麻痺に準じて治療します。
※手術費用の他に、診察料などがかかかります。
項目 | 費用 |
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静的再建 | 約57,300円(3割負担) 約19,100円(1割負担) |
項目 | 費用 |
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ボトックス注射 | 約18,000円(3割負担) 約6,000円(1割負担) |